投資不動産の「利回り」と「レバレッジ」

利回りとレバレッジ  ※時間があるときに考えてみてください。

 

1.利回りとは、2.利回りは何で決まるか、3.レバレッジについて の3テーマについてまとめます。

 

 

1.利回りとは

 

利回り(イールド、yield )とは、本来、ある投資対象について、投資金額に対する利子などを含めた年間収入の割合です。(利息や利率などとは異なるものです。)

 

=利子などを含めた年間収入/投資金額100(%)

 

 

投資不動産の場合は、購入金額に対する当該不動産の年間賃料収入などの割合をいいます。

 

 物件の入居状況に関係なく、購入金額に対する満室想定時の賃料収入の割合を前提とした利回りが実務上よく用いられます。「表面利回り」などと呼ばれることもあります。

 

 このほかに、購入金額に対する満室想定時の賃料収入から公租公課、管理費などを差し引いたものの割合を求めたものを「実質利回り(ネット利回り)」といいます。銀行などからの融資を利用して不動産投資をしようとする場合は、最低でも「実質利回り>返済割合(元本+利息)」になっていなければ、毎月持ち出しが発生します。

 

 不動産投資では、「利回り」と「借入金利」との差をイールド・ギャップとよぶことがあります。

  (本来は、長期〔国債金利と投資商品の利回りとの差のことをイールド・ギャップといいます。)

 

 さらに、満室想定賃料一定の空室割合を控除し、さらに公租公課、管理費、保険料などを差し引いてものの割合を求めたものを「NOI(ネット・オペレーティング・インカム)利回り」といい、不動産ファンドなどで利用されています。

 

まとめ

表面利回り=満室想定時の賃料収入/購入金額100(%)

 

実質利回り=(満室想定時の賃料収入公租公課・管理費など)/購入金額100(%)

 

NOI利回り=(空率割合を考慮した賃料収入公租公課・管理費・保険料など)/購入金額100(%)

 

 

 

2.利回りは何で決まるか

 

(1)リスク = 投資対象となる資産によって異なる

 A.預貯金や国債など安定性の高い商品  利回りが低い

 B.株式、投資信託、投資不動産など    Aに比べて利回りが高い

 

 この違いは、元本が返還される確率、政治・経済・社会の状況、取引価格の変動幅(ボラティリティ)などが人間の心理に与える不安感が影響しています。ゆえに、適正な利回りなど存在せず、常に市場(マーケット)は変動しています。

 

(2)他の投資(商品)との比較

 それでは、利回りの目線はないのか、そうではありません。

 参考になる指標として、次のものがあります。

 .借入金利

 .不動産ファンドなどの利回り

 

 少なくとも、これらの利回りを上回っていなければ投資不動産を運用する「うまみ」は薄れます。

 もちろん、投資不動産価格の値上がりを期待することもあるのでしょうが、情勢を読み切れなければ「投資」とは言えず、バクチになるのだと思います。

 

 

3.レバレッジについて

 

(1)レバレッジって何?

 1000万円を持っている人がいます。

 

 この人が1000万円で利回り5%の物件を1000万円の現金で購入しました。

 

 この人が5000万円で利回り5%の物件を1000万円の現金と4000万円の借入(金利3%)で購入しました。

 

 Q.①②の場合、それぞれ1年後の収入はいくらですか? 難しいことは無視します。

 

 A.1000万円5%=50万円

 

   5000万円5%4000万円3%=250万円120万円=130万円

       (収入)       (借入利息)

 

   の場合は、利回りよりも低い金利で資金を調達することで、自己資金のみで投資をするより効率的な資金運用ができていると評価されます。これをレバレッジ(テコの原理)といいます

    ちなみに、では、自己資金1000万円の投資で年間130万円の収入があるということになるので、投下した自己資金に対する利回りは13%となります。

 

 

(2)適切な自己資金の割合は?

 

 これも難しいのですが、一般的には不動産購入価格の60~70%といわれています。

 次に説明するハイレバのリスクがあるからです。

 

(3)ハイレバ(高いレバレッジ)のリスク

 

 投資不動産の価格は、自己居住用の不動産に比べ価格変動が大きいといわれています。

 投資不動産の購入者が増えれば、当然その価格は上昇します。

 この購入者が増えるのは、金融機関が積極的に購入者に融資をするときです。

 (ローンが出れば買いたいというお客さんが多いのでわかると思います。)

 

 ただ、融資は金融機関の事情によって変わるので、融資が減れば購入者も減り、価格も下がるということになります。

 このときに、購入金額いっぱいまで借入をした人は、購入物件を売却しても借入を返済できないというリスクをかかえます。また、金融機関から担保物件の評価が下がったので追加の担保を求められる可能性もあります。これがハイレバのリスクです。 

不動産売買と権利の承継

不動産売買と権利の承継

 

1.不動産売買契約(本文)に当然含まれているもの

 

(1)土地・・・土地に「くっついているもの=定着物(建物を除く)」

        及び「これらに従としてくっついているもの=従物(マンホールの蓋など)」

 

  例)井戸、浄化槽などの設備

 

  ただし、定着物が他人の所有物である場合は除きます(電柱、LPG倉庫など)。

  また、定着物でも、その一部だけでも経済的な価値を持ち比較的容易に分離又は交換が可能なものは、売主がそのものを譲渡対象から分離することがあります(高価な庭石や池の鯉など)。

 

  注)他人のための権利がついている(設定されている)場合は、その権利に対する負担も承継します。

   登記されているもの:地役権(電柱、電線などが上空又は付近上空を通過している場合など)

   合意書・覚書などがあるもの(越境物、通行権などがある場合)

   ③②で合意書などがない場合:その状況によっては地役権などを時効取得される場合があります。

 

 

(2)建物・・・建物の定着物(システムキッチン、集合郵便ポストなど)及び従物(畳、ふすま、扉など)

 

  ただし、定着物が他人の所有物である場合は除きます。

  また、定着物でも、その一部だけでも経済的な価値を持ち比較的容易に分離又は交換が可能なものは、売主がそのものを譲渡対象から分離することがあります(美術品・宝飾品、太陽光システム、LPG設備など)。

 

 

2.法律上又は契約上、当然には承継されないもの

 

(1)売主が売買の対象に含めないと明示したもの

  契約上除外されているから承継されません。

  売買契約の際には、事前に確認しておく事項です。

 

(2)売買契約の当事者(売主・買主)以外の者との契約によって設置されたもの

  例えば、LPG設備、インターネット設備、CATV設備、水道、電気・電柱・配電盤などがあります。

  

  売主とその設備やサービスの提供者と契約がある(変更契約など必要)  売買によって終了するのか買主との間で存続させるのかを取り決めておく必要があります。

 

  設備の権利者に所有者変更を連絡するだけ(電気、ガス、水道など)

 

  その他  個別に対応が必要で、売買当事者での取り決める必要があります。

 

 

(3)売買当事者以外の者に権利がある場合

 

   個別に対応が必要で、売買当事者での取り決める必要があります。

 

 

3.その他

 

 土地、建物ではありませんが、賃貸物件の場合、管理会社、サブリース、賃料保証などの契約は原則として承継されないものとして考えたうえで、売買契約までに売買当事者間で調整しておくべきことです。

不動産登記のはなし

不動産登記

 

「登記」は、国家に一定の事項を登録し、それを一般に示す(「公示」といいます)機能を持ちます。

 

ここでは、不動産登記のうち、実務上知っておくとよいことを紹介します。

 

1.表示登記、権利登記

 

 (1)表示登記

 表示登記は、その不動産(土地、建物)の所在、性質、面積などが示されます。

 原則として、土地には地番がつけられ、建物には家屋番号がつけられます。

 この地番、家屋番号がつけられている物件は、必ず表示登記があります。

 

 (2)権利登記

 誰が所有しているかと所有以外の権利がある場合はその権利が示されています。

 所有権に関する事項(甲区:所有権移転、所有権保存、差押など)、それ以外の権利に関する事項(乙区:抵当権設定、根抵当権設定など)に分かれています。

 表示登記と異なり、甲区、乙区が存在しないものもあります。これは、所有者が存在しないのではなく、所有者が何らかの理由で登記していないことを意味します。このようなこともあるため、「登記名義人=所有者」という公式が成り立たない場合もあり、登記を信頼して取引をしても裁判で負けることもあります

 

 

2.登記は誰がするのか、申請は誰がしてもいいのか?

 

 (1)登記官

 登記は、その不動産が所在する地域を管轄する法務局の「登記官」という専門職員がします。

 書類のチェックだけで登記する場合と現地を見て現況を確認したうえで登記をする場合があります。

 (後者は、大昔に取り壊された建物が存在しないことを登記する場合などで、登記には調査のために数日余計にかかることがあります。)

 

 (2)司法書士土地家屋調査士

 登記申請は、登記をする権利がある本人以外は、司法書士土地家屋調査士が代理で行うことだけが認められています。司法書士は権利登記土地家屋調査士は表示登記の代理を行うことができます。

 

 

3.不動産登記を見る際に注意すること=登記事項と現況のズレ

 

 (1)登記名義人(所有者)の住所・・・「住民票の住所」との違いがないか確認します。

   この変更登記手続がなければ、所有権の移転はできません。

 

 (2)土地の「地目」・・・建物がある土地は「宅地」、駐車場は「雑種地」です。

  「山林」などになっている場合は、そのままでの所有権移転できますが、融資を受けようとする金融機関に地目変更を求められることがあります

 

  また、「」、「」の場合、農地法で譲渡制限があり、所有権移転ができません。市町村役場で農地法所定の手続(農地転用など)の届出又は許可を受けたうえで地目変更の登記をしなければなりません

 

 (3)建物の増築・未登記建物・建物不存在=滅失・・・土地家屋調査士に相談

 

 (4)建物種類・・・居宅、共同住宅、事務所、店舗、倉庫などの記載があります。

    倉庫共同住宅、 店舗居宅 のような変更です。

   これも土地家屋調査士に相談します。

 

(3)、(4)の登記も金融機関に求められることがほとんどです。

不動産関連業界をわたり歩くおじさんの思い出話2

コラム2(不動産賃貸の思い出)

 

 【滞納と明渡し】

(1)家賃滞納者の対応

  大学院を出た2000年、まだ就職氷河期と呼ばれたように記憶しています。

  私は、法学の大学教員を目指していましたが、残念ながら成果が上がらず断念し、就職活動もしましたが、いわゆる大手といわれる会社に勤めることができず、最終的に関西の小さな不動産屋に勤めることになりました。

  動機は、前年に宅地建物取引主任者(現、宅地建物取引士)の試験に合格したこと、不動産取引には法律が関係する領域が多く、法律を勉強してきたことが行かせるのではないかという単純なものでした。

  その不動産屋では、特に入社試験も無く、すぐに働くことになりました。とはいえ、社会人経験もなかったので、しばらくは不動産賃貸営業を先輩から実地で学んでいくことにました。

  ところが、すぐに社長から法律を勉強したことを活かして家賃滞納者の処理をやってもらいたいとの指示を受けました。どうやら、滞納処理に関するノウハウが十分ではなく、そのまま放置されている例が多かったようです。

 当初、30件程度の滞納者のリストを渡されて処理することになりました。

 会社のルールがなかったので、私はまず普通の葉書を使い大きな文字で賃料の支払いをお願いする文書を作成し、リストの全件に郵送をしました。葉書に大きな文字を使えば、当然督促状のような文章にはなりません。「家賃を滞納されているようですので、お支払いください。間違っていたらごめんなさい。」というような簡単なものです。

 それでも、おもしろいことに、約半数はこの葉書を受け取っただけで家賃を支払ってきました。

 実は、私が大学院にいたときに、民事訴訟の先生から、裁判所から裁判に出るように促す文書(訴状・呼出状)を送っても応じない人が多かったので、ある裁判所が試験的にこれとは別に簡単な文章で呼出を促す葉書を送ったところ改善されたという話を聞いたことがあったのですが、これを応用しただけなのです。

 葉書であれば、開封などの手間無く読むことができ、読んだ人にとって気になることが書いてあればそれに対応するという心理を突いた方法なのだと思います。

 次に、反応のなかった全件の戸別訪問をすることにしました。直接賃借人との話し合いができるほかに、賃貸物件の場所を確認できるというメリットが入社間もない私にはあったからです。

  この方法で、残りは片手で納まるまでになりました。

  ここから先は、保証人を攻めてみようと思った頃でした。実績が評価されたのか、社長から「まだ大変な滞納がいくつかある」と言われ、資料を渡されました。これがそのあと続く本格的な滞納処理と明渡し作業のはじまりでした。

 

(2)手強い相手?

  関西の不動産屋では、約1年間で大小あわせて50件以上の滞納案件を処理したように思います。金額にして、1,500万円くらいはあったように記憶しています。小さなものはワンルームの家賃数万円から大きなものは事務所家賃2年の滞納、ファミリーマンション家賃4年半滞納など数百万円のものまで様々です。もちろん、全額回収できなかったものもありましたが、私が与えられた案件は全件一応の決着をつけました。

  私の経験では、約8割までは、直接会う、手紙などの手段をつかうという方法で督促をすれば解決ができました。そこから漏れる賃借人とは数ヶ月から1年弱にわたる長期戦がスタートすることになります。

  私は、直接会いたいとお願いしても無視をしている賃借人に対しては、まず現地調査をしてそこで生活をしている痕跡があるかの確認をしました。次に保証人と連絡がとれるか、保証人からの回収が可能かという点を調査しました。

  くりかえしになりますが、賃借人であれ、保証人であれ、まずは話を聞く(相手の事情の確認)が基本です。うっかりこちらのミスで誤った督促をした場合には、今後の関係が悪くなってしまいますし、一旦賃借人に有利な状況を与えると後に不必要な利益を与えかねないからです。ですから、まずは話を聞き、こちら側の提示する資料などに誤りが無いかを双方で確認します。また、相手方にとって突発的事情があったことを無視して取立てだけを進めると思わぬ反撃にあう危険性もあります。なかには話をしているうちに泣き出す人や逆ギレする人もいますが、この手順をきちんとすればこちらに不利になることはありません。

  会えなかったり、手紙の督促では反応が無かったりした人でも、次に保証人を巻き込んだり、巻き込もうとしたりすることで約9割までが解決しました。やはり他人を巻き込むことへの抵抗感や後ろめたさがあるように思います。

  最近では、家賃の滞納をオーナーに保証するビジネスが発展していますが、賃借人は通常保証料を支払っているのですから、身内や知人を保証人にすることに比べれば、家賃の滞納について抵抗感はともかく後ろめたさはあまりないように感じます。

  さて、ここまでやってもまだ解決の糸口が見えない人々、手強い相手がわずかながらいます。私の経験上も大口(数年の滞納、百万円を超える滞納)の人たちでした。簡単にご紹介をしていきましょう。

 

(3)身内から見放された女

  九州から大阪に出てきた20歳代前半の女性がいました。どうやら、実家で親と喧嘩をしたらしく勘当されてしまったようです。

  大阪で仕事を見つけ、月額6万円のワンルームマンションを借りて1人暮らしを始めましたが、しばらくして体調を崩したらしく、仕事ができなくなり、滞納が始まりました。

  私がこのワンルームマンションのオーナーから滞納の相談を受けたのは、滞納がはじまって3ヵ月後のことでした。このオーナーはそのマンションの1室を自己使用していました。当初オーナーの意向は退去させたいというものでした。

  私は、法的に退去させることの手間と費用、さらに一定の時間経過が必要になるので、まずは賃借人と話をしたうえで退去へと進めていくべきだという提案をしました。このオーナーは、とりあえずということで私の提案を受け入れてくれたのです。

  さて、問題の賃借人の女性、なんとオーナーの目の前の部屋に住んでおり、毎日の出入りが確認できるとのことですが、オーナーの呼びかけには一切対応をしないそうです。

 そこで、まず私は督促状を折りたたんですぐには読めないような形でドアノブに貼り付け反応をうかがいました。2、3日しても反応はありません。そこで、保証人である知人に督促状を送り、また女性には退居をお願いする内容の手紙を貼り付けました。今度の手紙は、退去をお願いしますという部分だけがよく見るとわかるようにしました。

 すると翌日、早速女性から事務所にいる私宛に電話がかかってきました。私はこれまでの女性の対応から一旦は対面で交渉をしなければならないと思い、事務所に来てもらうことにしました。女性の場合、密室での話は違う問題にすりかえられる可能性があると思ったので、はじめの交渉は同僚を同席させました。

 交渉をすると女性は、滞納の事実は争わず、親から勘当された身で今の家を出たら行く先が無いこと、現在は夜の仕事で生活しているが、賃料を支払うまでの余力がなくなっている、保証人は今回の件で困惑し相手をしてくれないという話をしました。私は、聞くだけ聞いた上で、滞納が解消されない限り、オーナーは退去してくれることを希望している。今すぐに本人、保証人が支払えないのであれば、その支払いを保証する別のものが必要であるという話をして、その日は帰らせることにしました。

 数日後、女性は、夜の仕事の関係者(お客さん)と思われる男性を連れてやってきました。「この人が保証人になってくれます」というものでした。その男性に保証人になることについての確認をして、簡単な契約書を作成して記名、押印をしてもらいました。実際に回収ができるかは不明でしたが、滞納している女性が退去だけは避けたがっていることが明確だとわかりました。念のため、女性の実家にいる父親に連絡をしました。保証人ではないので、督促の電話ではありません。女性が退去した場合に実家に戻ることができないかを確認するためです。結果は、娘とは縁を切っているという話を一方的にされただけでした。

 私は、この時点で、毎月の支払額も6万円と他の物件に移ってもあまりメリットがないという点を考えて、この女性は退去を迫る方法で滞納の解消を図っていく方針を立てました。退去を迫ることが何よりのプレッシャーになっていたからです。

 案の定、この方針を採って以降の毎月の家賃は支払われるようになりました。しかし、これまでの滞納が支払われません。この状態はその後女性が結婚して退去する日まで続きました。

 最終的に、この女性はすべての清算をして退去したのですが、その間1年弱だったように記憶しています。私がこの女性を入居期間にそれ以上追い詰めなかったのには理由があります。女性は、消費者金融からの借入で家賃の支払いをしていたのです。女性の郵便ポストに多くの金融機関からの督促状がきているのがわかりました。もし、これ以上に未納分を支払えと日々迫ったらどうなるでしょう。多分、もっと面倒くさい問題が発生していたでしょう。新たに保証人になった男性もその後行方をくらましてしまいました。

 この問題が解消してしばらくたったある日、この女性が私を訪ねてきました。理由を聞くと破産をしたいというものでした。私は、法律相談を仕事する資格がないので、手続や書類の作成方法だけアドバイスしました。今はどうしているのでしょうか。

 

(4)プライドの高い老女

  私の経験のなかで最も大変だった案件です。

  ある家主から月額12万円の家賃をもう4年以上滞納している賃借人がいるという相談をされました。私は、滞納者もさることながら、家主もよくぞここまで放置をしたなあと内心思いました。少し話しを聞くと、賃借人は老女(70歳代)でかつては貴金属を扱う商売をしていたが、滞納が始まった頃からは商売はできない状況になっていたようで、督促にも居留守などで応じないというものでした。また、その家主は保証人への督促をしていませんでした。

  早速、私は面談をしようと連絡をしたのですが、直接の訪問、電話連絡、手紙などの手段を講じましたが連絡がありません。仕方が無いので、老女の保証人(娘婿)へ督促状を送付しました。

  すると数日後、連絡がとれなかった老女が直接事務所を訪ね、私が保証人に督促状を送ったことに対する怒りをぶつけてきました。私は、一通り話が終わるのを待ち、滞納の事実確認をしました。老女は、支払いができないのだから仕方がないと開き直ります。

  しかし、4年以上も滞納をしながら生きているわけですから生活費が無い筈はありません。私は、そのような話をしながら多少の金銭を持っていると確信しました。そこで、私は、今すぐ退居を要求されずに交渉を続けたいのであれば、少しずつでも支払うように求め、あわせて今の持ち合わせでたとえ1,000円でもよいから支払うように求めました。

  すると老女は、1,000円くらい支払えるということで、その場で1,000円を支払ってきました。そこで、私は、領収書を作成し、そこに○年○月分以降の延滞金○円のうちの1,000円を正に受領しましたという文言を入れ、老女に手交しました。老女も何を書いてあるかを確認するため読み、わかったということで次回の交渉日時を数日後に決めたのでした。

  1,000円を支払わせたことを偉そうに書くなという方もいらっしゃるでしょうが、私もそう思います。しかし、大切なのは過去の滞納について認めさせることで債権の消滅時効を中断させることに意味があったのです。5年を過ぎた家賃債権は消滅時効を主張される可能性があるのです。これを1,000円支払わせた際に領収書で確認させ、消滅時効の中断事由である「債務の承認」をさせたのです。

  数日後、今度は今後の支払い計画について話をしました。話を聞くとどうやら現在の収入では契約にある家賃を支払うことはできないようです。そこで、私は、支払いの問題は別にして、まずは退去して現在の収入に見合う物件に移るように提案しました。

  すると、老女は、自分の生活が脅かされているので、弁護士を登場させると一方的に捲くし立て、その場を去っていきました。

  それから数日して、弁護士を名乗る方から私に連絡があり、老女の件で話をさせて欲しいと言って来ました。私も、訳のわからない交渉をするよりはよっぽど楽だと思い、早速伺うことにしました。事務所に伺い対面すると本物の弁護士さんでした。聞くと昔、老女が商売をしていたときからの付き合いだそうです。そして、本題に入ることになり、私は滞納の事実関係、交渉経緯などについて時系列で資料とともに説明をしていきました。

  私が一通りの説明を終えると弁護士さんは老女の方を向き、「この話は全面的にあなたが悪い」と言い、老女はうつむいてしまいました。老女としては、私の悪事を弁護士さんにしかってもらい今の生活を続けようと思ったようですが、法律を前提に物事を考える弁護士さんには通用しなかったということでした。

  結局、この弁護士さんに助けられる形で、老女は数ヵ月後に退去させることに成功しました。また、滞納額のうち半額は保証人からも支払われ、保証人は残額について保証を免除しました。残額は老女が少額ながら返済するという約束も交わされました。

  こうして長い戦いは一応の決着となったのです。

 

(5)仕事が無くなった家族(1)ある内装業者

  私の経験でも内装業者の滞納は、片手くらいはあったように思います。そのなかでも一番記憶に残っているお話です。

  内装業を営むこの男(40歳代前半)は、内装業者として少し前までは、随分仕事があり稼いでいたようで、再婚した20歳代後半の若い妻と幼児の3人で月額15万円の3LDKのマンションに入居していました。

  私がこの一家の滞納問題を処理するようになったのは、滞納が始まって1年くらい経った頃でした。当初は家主もこの一家の「もう少し待ってくれ」という返事にそのうちまとめて払ってくれるのではないかという気持ちでいたようですが、さすがに待ちきれないといったところで私に依頼をしてきたのです。

  私は、早速この内装業者の男に会って話をしました。まずは、滞納の事実の確認、次に現在の収入、今後の支払いについての意見を聞いていきます。なるほど、家主がこれまで聞いてきた内容のとおり、滞納の事実は家主の認識と同じであり、現在は仕事が少ないが今後は大丈夫だというものでした。

  そこで、私は視点を変えて、滞納金額が15万円×12ヶ月=180万円もあり、遅延損害金を含めるとさらに金額が大きくなること、家族の生活費、幼児が大きくなったときの生活費を考えた場合の支出からすると今後の収入が相当増えなければ、状況が好転することはありえないという話をしました。

  すると、内装業者の男は、しばらく黙ります。私は、まずは退去して安い物件に住み直すこと、滞納については保証人(実母)と相談することを提案して、その結果を聞くための次の面談の日時を設定しました。

  その面談の日、私は提案の回答を聞くとどちらも難しいと言います。このままでは仕方ないので、保証人である実母に私から直接連絡すること、退去については家主と相談のうえ、解約の通知を発送することの2点を伝えました。また、支払可能な金額についての支払いを求めることも忘れません。

  このような面談の結果、一部の支払いがはじまり、退去に向けた動きが見られるようになりました。ただ、保証人である実母は、高齢で年金以外の収入も無く、大きな財産もありませんでした。仕方が無いので、家主と相談の上、払える金額を支払ってもらうことで解決を図りました。

  それから、3ヶ月ほどが経過したある日、事務所に私宛に若い女性から電話がありました。内装業者の若い妻からでした。話を聞くと、「滞納をはじめてから今までずっと不安でした。ようやく新しい生活の場が決まり、ほっとしました。相談させてもらってよかった。」という内容で泣きながら話していました。緊張から開放された瞬間だったのでしょう。

  この一家は、少額ながら毎月数万円を支払うという条件での契約書を交わし、新しい住まいへと引越していきました。

 

(6)仕事が無くなった家族(2)あるクリエータ

  この話も不幸にして仕事が激減した男(40歳代前半)とその家族の物語です。

  一見してサラリーマンではないという風貌の男は、フリーのメディアのクリエーターをしているといい、妻と高校生進学を控えた娘の3人で月額13万円のマンションに暮らしていました。このマンションのオーナーから1年くらいの長期滞納者がいるとの相談を受けて対応をすることになりました。

  物件は私の勤務先のとなりだったこともあり、まずは直接訪問を試みました。オーナーの話だと、督促をしてもあれこれ理由をつけて支払いができないということで、また最近は居留守を使っているとの話でした。私は、これでは退去をさせることを念頭において交渉しなければならないなと感じました。

  やはり私が直接訪問をしても居留守を使われました。そこで、「退去のお願い」という文言だけがわかるようにした手紙を貼り付けるとすぐに事務所に滞納者本人がやってきました。

  男は低姿勢ではあるものの滞納についてはあまり気にしていないといった様子でした。私が資料を基に百数十万円の滞納があることの確認をしても、そうだと思うといるだけで、どうやって支払いをするかについてはこちらが聞いても答えません。保証人に連絡をするといっても所在がわからないと答えます。仕方がないので、私は男に対して、保証人に連絡をすること、退去を前提に交渉を進めることを伝えました。反対に、男からは、妻は病気なので交渉は自分だけが行うこと、娘に知られないように進めたいことを要望してきたので、今後の交渉に必ず応じることを条件に了承することにしました。

  それからすぐに私は保証人に連絡をとることにしました。保証人は男の元仕事仲間でした。まず手紙で連絡をしたところ、保証人がその住所にいないとの理由で返送されてきました。私は、男に、賃貸借契約に記載がある「保証履行の能力がなくなったこと」(=所在不明であれば保証履行の請求すらできない)を理由に別な保証人を要求することを考えました。しかし、この男は自分に不利益が及ばない限りは動かないと思ったので、何か手はないかと考えることにしました。

  もう一度賃貸借契約を見直していると保証人の住民票が出てきました。よく見ると本籍地の記載もあり、大阪市内にあることがわかりました。そこで私は「戸籍の附票」をとることにしました。「戸籍の附票」とは、本籍地にその人の住所の記録が示されたものです。この戸籍の附票を見れば現在の住所がわかる仕組みになっているのです。

  保証人の戸籍の附票を見たところ、現在の住所も大阪市内のマンションになっていることがわかりました。そこで、現地調査をした上で再度この住所に手紙を送ることにしました。現地調査をした理由は、住んでいるマンションが分譲マンション(個人所有)であれば、強制執行ができると考えたからです。残念ながら、この保証人の場合、賃貸マンションでした。

  数日して連絡があったのは、保証人ではなく、男からでした。どうやら保証人の所在を知らないといったのは嘘だったようで、保証人から連絡を受けて慌てたといった様子でした。男は、保証人には迷惑をかけられないという話をしますが、この男との交渉は何も進展がありません。私は非情になり、家賃の支払いも退去の話もできないのであれば、保証人の強制執行を検討する以外に方法はないと話しました。

  ここに至ってようやく男から、解決策についての話を切り出すようになりました。しかしながら、相手のペースで進めても駄目なことはすでにわかっていたので、保証人にはあって話をすること、支払いの計画を提出すること、転居先を探すことの3点を行い、1週間以内に進捗を報告させることにしました。

  それから数日後、私は男を通じて保証人と会うことができました。どうやら保証人も男と同じような境遇で十分な保証能力はないようでした。しかし、私は保証人に、今後支払いや退去に関して、男が非協力的な態度をとったときには保証人の財産調査をあらためて行い強制執行の手続きをとる旨を伝えました。それは支払いをさせるというためではなく、今後の男との交渉を有利に進めるための手段としてでした。

  このあとは、一部の支払いがはじまりました。しかし、会うたびに思ったのは、生活水準がそれほど悪化していないのではないかという疑問でした。そこで、私は支払いの交渉において支払い金額が現状の家賃を下回るときは、娘の進学に準備するであろう資金を差し押さえるという話をしました。これにはさすがに弱った様子で、以降の支払いはギリギリのところまで支払うようになりました。現状家賃を下回るときは必ず報告に来ました。

  そうして、半年くらいが過ぎた頃、男から公営住宅への転居先が決まったという報告がありました。ちょうど娘の進学前だったこともあり、よいタイミングでした。

  男からは、意外にも私に対する感謝の言葉がありました。とはいえ、滞納が解消した訳ではないので、その話をしなければなりません。結局、オーナーの同意もあり、少額ではあるものの毎月返済をしていくという方法をとることになりました。

 

(7)経営悪化で払えない

  ある日、勤務先の社長からすでに退去した者からの回収はできないかという相談を受けました。話を聞くと、私の勤務先の会社が所有する事務所をある会社に賃借していたが、1年前に長期滞納を理由に契約を解除して退去をさせたとのこと、問題は、滞納分の支払いおよそ300万円が未だにないということでした。また、滞納をした会社の代表者は現在体調を崩し療養中で、専務が会社を取り仕切っているとのことでした。

  これまでは、呼び出して話を聞いていたようでしたが、この専務もいつも言い訳ばかりで話が先に進むことはなかったということです。

  私はまず、社長にお願いしてその専務と話をする機会をつくってもらうことにしました。実際に会ってみると人の良い感じのする青年で働いても働いても裕福にならないといった感じの人でした。しかし、それだけでは話が前進しないので、返済計画を作るように促し、1週間後に会うことにしました。

  私は、その会社が今も続いているなら収入が無い訳がないと考え、現在の会社所在地の現地調査をすることにしました。その会社は事務所や店舗のデザインと飲食店舗の運営をしていました。現在の会社所在地には、会社の事務所スペースのほか、飲食店舗が併設されていました。私は現地調査をしていることがばれないように朝、昼、夜と数日かけて様子を伺いました。飲食店舗には客を装って入り、食事をしながら様子を伺います。そこからわかったことは、商売としては成立しており、従業員への支払いもあるようだということでした。

  そこで、その後会社に伺い専務と交渉をしていくことにしました。

  専務にこれまでのことを話し、滞納分の支払いができないのであれば、然るべき調査をいれて回収を図ると伝えました。すると、言い訳もせず、仕方ないと言った様子で「支払いはするが全額は厳しい」という話をはじめました。私は、支払いの金額如何では社長と和解交渉をすると伝え、具体的な金額を示すように伝えました。専務はいくらならという目線を聞きたがりましたが、社長と私の間では何の交渉もなかったので、その話は専務から具体的に支払える金額を聞いた上で社長と交渉するとだけ答えました。

  この話を社長にすると、回収ができそうだということでとても喜ばれました。和解をする場合について相談したところ、「できるだけ多く」というだけであとは任せるという同意を取り付けました。

  数日後、再び専務と交渉をしました。専務からは、50万円で勘弁してもらえないかという話でしたので、私はすぐに却下し、約300万円の滞納であるから、少なくとも200万円、すぐに払うというのであれば、半額の150万円でないと無理であると言いました。交渉は決裂かとも思ったのですが、専務は税理士と相談して回答すると言いました。

  結局、専務は会社の資金の段取りをつけて150万円を即金で支払い和解をすることになりました。私が和解の契約書を作成し、社長、専務、税理士の三者の了解を得て、調印と支払いがあり、無事一件落着となったのです。

  この件があった数年後、私が東京で生活をしていたある日、夜のニュース番組を見ると関西の野球チームが優勝したということで大阪市内の様子が映し出されていました。よく見ると私が現地調査をした会社の店舗で祝勝会をする様子が映し出されていたのです。

  「やれやれ専務頑張っているな」と微笑んだ一瞬でした。

 

(8)逃げ切った(?)男

  ある物件のオーナーから呼ばれ、物件の明渡しと滞納の回収をすることになりました。

  ちょうど季節が秋から冬にかわりはじめた頃でした。

  月額10万円のマンションに20歳代後半の職業不詳の青年が住んでいました。このマンションにはオーナーの妹が管理人として住み込んでいたため、当初の督促はオーナーの妹がしていました。私に相談があったのは、一向に解決に至らないというのがその理由でした。

  管理人であるオーナーの妹に聞くと、その職業不詳の青年は当初サラリーマン風だったとのことですが、いつの頃からか何をしているのかわからないような生活に変わっていたといいます。督促のため部屋を訪問しても不在なのか、居留守なのかもわからず困っているということでした。

  私は、話だけではわからないのでどうやって会おうか考えました。案の定、直接訪問は反応がありません。次に、退去をお願いする手紙をドアノブに貼り付けましたが、これまた反応がありません。仕方が無かったので部屋の前で「張り込み」をして待つことにしました。

  何時間待ったのか、空が暗くなり、寒さも身体に堪えられなくなってくるようになった頃、やや長髪の青年が部屋に戻ってきました。私は、粗暴的な態度をとることも予想して身構えていましたが、意外にもおとなしい感じの青年でこちらの問いかけに素直に答えてきました。

  寒さが気になりましたが、青年の部屋に入り予想外の反撃を受けても困るし、近くに適当な交渉スペースも無かったので、その場で滞納の事実の確認と青年の話を聞くことにしました。

  青年は仕事が忙しく滞納にも気付かなかったといいます。しかし、仕事内容は語らず、滞納の督促のことも無視を決め込むといった感じでした。私は、寒さのこともあり、あまり長く話をするつもりもなかったので、まずは契約のとおり毎月の家賃の支払いを約束させ、次に滞納の解消方法として毎月の支払い時に少し上乗せして支払わせることも約束させました。

  それから、しばらくして家賃の支払い時期を迎えましたが、約束は守られませんでした。

  私は、仕方がないので保証人との交渉を考えました。保証人は青年の母親で大阪近郊の町に住んでいることになっていたので、早速現地調査をすることにしました。

  しかし、保証人がいるはずの住所に保証人はいませんでした。すでに別の場所に引っ越してしまっていたようです。青年もこの保証人である母親も本籍はわからなかったので、これ以上の追及はできませんでした。

  また振り出しに戻った感じはしましたが、再び青年に会うために再度「張り込み」をしなければならなくなりました。今度は、厚めのコートで防寒対策を十分にしました。

  今度も夜になって青年が帰ってきました。少し驚いた様子でしたが、態度などは以前と同じでした。私は、滞納が続くのであれば、退去をしてもらいたいと告げ、また連絡に応じないのであれば、外出を確認後、入室ができないようにする措置を講じることがある旨も伝えました。

  その後、しばらくしてオーナーから突然退去していなくなったという連絡を受けました。私としては、滞納分の回収が何もできなかったので悔しい限りだったのですが、オーナーは退去させてくれてよかったと意外にも喜んでいました。

  それからまたしばらくしてのことです。このオーナーから私に電話がありました。話を聞くと青年が詐欺で逮捕されていたというのです。どうやら事件の捜査で警察からオーナーに青年の様子について聴取をしていたようでした。

  あのとき退去させていなかったら、、、私はオーナーが喜んだ理由がわかった気がしました。

 

(9)原状回復

  不動産賃貸の仕事といえば、物件の入居を思い浮かべるのが普通だと思いますが、不動産のオーナーから管理もまかされていれば、当然退去時の立会い、清算作業などにもかかわることになります。その際、原状回復という言葉をめぐってしばしばトラブルになることがあります。

  「原状回復」とは、「借りたときの状況に戻す」ということで、通常の賃貸借契約では賃借人が負担するものになっています。賃貸借契約は、一定の時間の経過を前提にしている話ですから時間の経過に伴う劣化(経年劣化)についての回復は必要ないと考えるのが通常だと思います。具体的には、壁や床に傷をつけてしまった場合はその部分の補修をすることが原状回復にあたりますが、日焼けによる畳、ふすま、クロス(壁の張り紙)の通常の劣化は原状回復の対象にはなりません(ただし、タバコのヤニは原状回復の対象です)。

  最近では、「原状回復ガイドライン」なども登場していますが、賃貸管理の現場では、原状回復の範囲、費用をめぐるトラブルがまだまだ多いように思います。

  トラブルの原因は、家主側の過剰な費用請求にあります。

  具体的には、原状回復の費用に本来家主が負担すべき修繕の費用や家主側の利益が余分に含まれていることがあるのです。

  もちろん、すべての家主がやっていることではありませんし、賃借人と契約で一定の範囲や金額についてきちんと合意している場合がほとんどです。この種のトラブルはやはり「法外な」請求と感じるかどうかがポイントになるのかと思います。私は、詳細な法律やガイドラインが必要であるとは思いません。家主側の「法外な請求」の判断こそが重要だと思います。現在、ほとんどの原状回復は家主や業者主導で進められ、賃借人の立場は不利になりやすくなっています。相見積もりや他の業者の適性判断などの方法が取られることが一番の不正防止になると思います。

  私も原状回復にまつわる「思い出」がいくつかあります。大きなトラブルはないのですが、退去時にごみだけでなく、家財道具を片付けずにいなくなる賃借人がいました。賃借人に連絡をしようにも連絡がとれず、結局は保証人であった親の同意を得て、敷金(保証金)をつかって処分をしました。また、ワンルームマンションを借りていた学生が退去して原状回復費用を請求したところ、親から費用が高すぎるというクレームが受けたことがありました。しかし、退去確認時の写真を送ったところ、とても汚いわが子の部屋を見た親からは「申し訳ありません」という返事があっただけでした。

  この問題は、いつまでもなくならないような気がします。

 

(10)悪臭

  この話も大阪で働いていた頃の話です。

  あるマンションのオーナーから私に、入居者から隣室から異臭がするので対応して欲しいとクレームがあったので調べて欲しいという依頼がありました。私がそのマンションに行くとそのマンションは外壁の工事中でした。「外壁を工事しているなら塗料などの臭いかな」などと思いながら、クレームのあった部屋の前につくと、何日も風呂に入っていないような人の臭いが強烈にします。目からも涙が出てきます。

  事務所に戻り、その部屋の賃貸借契約を確認すると借主は医師なのですが、事務所の人間に聞いたところ、その医師は名義上の借主で実際には、その父親と妹が住んでいるということでした。収入の無い2人を医師の住まいとは別のところで養っていたということのようでした。また、この部屋にはペットがいるということもあわせて聞きました。

  しかし、あの部屋の臭いはペットだけではないと直感的に思い、とにかく状況を確認しなければいけないと思い、再度問題の部屋に向かい入居者と話をしようとしました。

  呼鈴を押してしばらくすると中から借主の妹と思われる人物がペットを連れて出てきました。その場から逃げたくなるような臭いでしたが、会話をしないと問題は解決すらしないと思い、少し離れながらもその妹と思われる人物に話しかけました。

  「近隣からあなたの家から変な臭いがするという苦情がありますよ」と私が言うと、「うちは問題ありません」とだけ言い、その妹と思われる人物はドアを閉めてしまいました。

  仕方なく、借主の医師に連絡をしましたが、忙しいから対応できないといわれました。仕方がないので保証人に連絡してみることにしました。保証人は、借主の医師の妹でマンションに住んでいる妹の姉にあたる人物でした。

  私は、この姉に電話で異臭がすることを話し、協力を求めました。しかし、彼女はそんなことはありえないと言うだけで、取り合おうとしません。どうやら父と妹を自分たちから隔離して生活をしたがっていたということだったようです。

  さすがに私もその対応に冷静さを失い、「死体みたいな臭いがするのだから、とにかく行ってみてください。このままだと退去してもらいますよ。」と喧嘩腰にその姉にどなりつけてしまいました。すると今度は、それにカチンと来たその姉が「死体なんて失礼なことを言いましたね。許しませんよ。今から行きますからね。」と応酬してきます。もはや喧嘩です。その姉はもう少し怒りをぶちまけた後に一方的に電話を切ってしまいました。

  後から考えるとこの会話が事態の解決を早めることになったのです。

  これはまずいと思い、これまでの経緯を社長に話して、その姉が来るのを待つことにしました。しかし、その日その姉が連絡をしてくることはありませんでした。

  そして、翌日、その姉から私に電話がありました。今後は昨日とは打って変わって丁重な物腰です。「昨日は大変申し訳ありませんでした。電話の後にマンションにいったら、話をされたとおりでした。今後は、きちんと対応をさせますので、退去をさせることだけはお許しください。」というものでした。

  その後、クレームはなくなり、一件落着しました。私は、得意げにこの一件を事務所の先輩に話しました。すると先輩は、「おまえ死体の臭いを知っているのか」と返してきます。話を聞くと、先輩は2、3年死体が放置されている部屋に立会いをしたことがあったそうです。退去したと思っていた老人がそのまま部屋にいて死体は溶け出していたというのです。なんでも取り壊し予定だったその物件は、新たな入居者もなかったためそのようなことが起こったのだそうです。

  その話を聞いて以降、私は老人の滞納の場合、まず部屋の臭いを気にするようになったのです。

 

(11)保険事故

  民間の賃貸住宅に入居する場合、家賃のほかに入居時と数年に1度損害保険(火災保険)に加入した経験はないでしょうか。多くの場合は賃貸借契約によって加入が強制されています。家主からしてみれば、賃貸するマンションなどの建物は大切な財産ですから万一の場合には備えたいというのは当然なことで、このような契約になっています。

  賃借人は、自己の賃借部分のみについて保険に加入するだけですから、共用部分になるエントランス、居室につづく通路などは対象になりません。別途オーナー側で保険をかける必要があるのです。

  私は、物件の管理をしていたときに共用部分の保険の請求をしたことがあります。エントランスのガラスが割られたり、共用廊下の一部が燃えたり(燃やされた?)したときでした。その経験をとおして私が思ったことは、損害保険会社、その代理店の担当者との連携がとても大切だということです。

 損害保険の代理店担当者のなかには加入時や更新時だけひょっこり現れるだけ者もいるようです。できればそういう担当者ではなく、相談について気軽に応じてくれたり、ときどき声をかけてくれたりするような担当者を選びたいものです。例えば、保険が適用される場面なのにそれがわからない場合、請求方法がわからない場合があれば保険料支払いそのものの意味がないからです。また、安いからといって店舗に使用しているのに住居向けの損害保険をかけても当然保険事故の際には保険料が支払われないのですが、そんな契約を締結するようなことも避けなければなりません。(あとで差額を支払うからという加入者がいるようですが、それは都合の良い話で当然認められません。)

 もうひとつ私が経験した例があります。それはあるマンションの入居者からのクレームで上階から水が漏れてきて、居住スペースが水浸しになり、家財道具の故障などの被害が発生したと言うものでした。本来であれば、上階の入居者と直接交渉をする場面ですが、上階の入居者は「知らぬ存ぜぬ」というばかりだということで管理会社のところにクレームが来たという話です。

 私も上階の入居者と話をした結果も同じでした。結局は、被害者の保険で損害を回復し、保険会社が加害者に対する損害賠償請求権を取得するという方法で解決が図られました。この方法を保険代位(この場合は請求権代位)といいます。この方法は、保険会社が保険に入っている人(被保険者)に保険金を支払った場合、保険会社が被保険者の有していた請求権(この場合は加害者に対する損害賠償請求権を代わりに取得するという商法で認められた制度に基づいたものです。この解決も損害保険の代理店の担当者の素早い対応と商品理解の結果によって得られたものだと思っています。

 

(12)賃料改定

  賃料の改定には、当たり前ですが値上げと値下げがあります。同一のテナントや入居者を前提にしてみたとき、事務所、店舗など企業とビルオーナーとの契約の場合、経済状況に応じて値上げも値下げもよくあることですが、マンション、アパートといった居住系物件の借主と家主との契約の場合、あまり値上げという話を聞きません。企業の場合は、経済状況に応じて利益も大きく変化するのに対して、個人の場合、経済状況に応じて収入が大きく変化することが企業の場合に比べて小さいことがその理由だと思います。それゆえ、値下げの要求も企業の場合に比べてあまりおこらない傾向にあります。

  同一のテナントや入居者が契約を延長(更新)する場合、この駆け引きに合理的な根拠をもとにして交渉する例は少ないように思います。実際には「押しが強いか」、「退去する覚悟」といった要素に依存するところが大きいのではないかと思います。

  このほか、テナントや入居者が退去した後に、次のテナント、入居者の賃料設定をするときも賃料改定のチャンスです。一般に値上げがしにくいマンション、アパートの家主はこのときばかりと鼻息が荒くなることが多いようです。

  しかし、実際には人気物件では、値上げをしても大丈夫ですが、人気のない物件は値上げの家賃を入居希望者に示しながら、値引きをしたかのように装って従前の賃料で決めるというのが精一杯だと思います。

  私も賃貸営業をしている頃、よく家主から賃料設定の相談を受けました。少なくとも3ヶ月以上空いている物件は、1割から2割の値下げをお願いしました。その結果、1ヶ月以内に入居者が決まりました。あまり、値下げのお願いばかりをすると営業マンとしての資質を問われることもあるのですが、実際に入居者を早期に決めることさえできれば、その不安を考える必要はないように感じました。

 

(13)賃貸営業

  賃貸営業についても触れてみたいと思います。

  賃貸の営業には、自己所有・管理物件の客付け(貸主)、他人所有・管理物件の客付け(仲介)があります。自己所有・管理物件の客付けには、入居希望者に直接営業をする場合と他の仲介業者に客付けを依頼する場合があります。他人所有・管理物件の場合は、入居希望者をその物件を所有・管理する業者に紹介して報酬を得ます。

  本来、自己所有物件を賃貸する場合、「仲介」というものはありえないのですが、例えば、株式会社A不動産が所有する物件を賃貸する場合、A不動産の代表者が別のB地所という別の不動産業者を介して賃貸したように装い仲介料を請求するという方法もとられることがあります。

  実際にあった悪質な例を紹介したいと思います。

  まずは、あんこ飛ばしといわれる仲介業者の排除の例を紹介します。

  私の勤務していた不動産屋で、居酒屋をはじめたいという人の需要がありました。担当者は店舗の仲介をするため、適当な物件を探してきました。この人にも現地をみてもらい契約をする方向で貸主との調整に入りました。

  すると程なくして、この人から「このたびの件はなかったことにして欲しい」とだけ連絡があり、この契約を成約させることはできませんでした。

  しかし、しばらくするとこの人から例の物件でひどい目にあったので何とかして欲しいという連絡があったのです。どうやら、貸主からこの人に対して「直接契約をしよう」という提案があったようです。仲介業者を使わなければ、貸主も借主も仲介料を支払わなくてよいわけですからこの人もよい話だと考えたのだと思います。

  当然、仲介をしたわけではないのですが、とりあえずおかしなことに巻き込まれないようにするという会社の方針から、トラブル処理係(にされた)の私が話を聞きにいくことになりました。

  事情を聞くと、契約条件のうち、賃貸面積や設備に虚偽の記載があり、クレームをいったのに対応してくれないというもので、およそ私の会社に問題がある内容ではありません。

  私は、仲介業者を使う意味を説明して、今回の件は貸主と借主との間で直接交渉する以外に方法はないことを話しました。本当は、これだけで十分なのですが、仲介業者を排除した貸主にも頭にきていたので、法的な攻撃の仕方も教えることにしました。

  後日、この貸主のことを他の不動産業者に聞いたところ、トラブルを起こすので有名な貸主だったことがわかりました。

  次に、法外な報酬の話をします。

  賃貸の仲介の場合、宅地建物取引業法では、貸主と借主からあわせて1ヶ月分(消費税は別途)を超える報酬の請求はしてはいけないことになっています。

  しかし、実際には借主から仲介料として1ヶ月分(消費税は別途)を受領し、貸主からは広告料として別途報酬を受ける例が多く見られます。もともと居住系の物件の1ヶ月分の賃料は数万円から十数万円といったといったところですから仲介業者からするとあまりおいしい商売ではありません。広告料という別の収入を得ることで何とか利益の上がる商売にしているのです。個人的には、このような脱法行為ともとれる悪しき業界慣行が続く以上、手数料の調整など一定の法改正が必要ではないかと思います。

  私が見た中で一番法外な要求をした業者は、広告料4ヶ月分(消費税は別途)という業者です。この業者は入居希望者にも強引に入居を迫るので有名な業者でした。このような業者から物件を借りた人は、おそらく不動産業者を悪いイメージで捉えるのだと思います。私もこの業者に会社の自己所有物件の仲介を依頼しに行ったときに担当者をチンピラだと思ったくらいです。

  これに関連した話ですが、私は入居希望者のお客様に強引に契約を迫るタイプではありませんでした。かといって、お客様の希望をすべて満たす物件もありませんので、どこで折り合いをつけるかを考えてもらうようにしていました。ある日、若いカップルを数物件案内したのですが、気に入るものがなかったということで帰ってしまいました。社長からは「お前の営業では成果が出ない」などと怒られたのですが、その日の夕方、そのカップルが再び私のところにやってきて、先ほど見た物件で契約がしたいといってきたのです。

  話を聞くと、他の業者も回った結果、同じような物件だったということです。しかし、その業者は強引に契約に持ち込もうとしたため、怖くなり私のところに戻ってきたということでした。

 何事もほどほどにしないといけないということだと思いました。

 

コラム2おわり

不動産関連業界をわたり歩くおじさんの思い出話

コラム1(権利関係の調査)

(1)ホントの権利者はだれ?

  不動産(土地、建物)に限らず、私的な取引の法律関係を考えていくにあたり整理をしておかなければならないことは、①誰が、②どんな内容の権利を、③どんな原因で、④取得又は喪失、変更したか、ということです。

  文章にすると、「誰が」などということは、「当たり前のこと」とか「簡単にできること」といわれてしまうのですが、現実の取引の世界では調査をすることが契約の成否をめぐって重要になることがあります。

  さて、実際に経験があった例でお話をします。

 不動産を担保にして事業資金の融資を受けたいというAさんがいました。

 話を聞くと商品を仕込むための資金が必要で自分の母親Bさんのもつ不動産(自宅の土地、建物)を担保にして融資を受けたいというものです。

  不動産を担保(返済がない場合の引き当て)にして融資(金銭の貸付)をする場合、金銭の貸主(債権者)は、借主(債務者)に融資をする条件に借主又は借主のために自分の不動産を担保にしてよいという人(担保提供者とか、物上保証人などといわれます)の所有する不動産を担保に取ります。金銭の貸借契約に加えて、この貸金のために担保を取りますという契約(多くの場合は、返済がないときに裁判所を通じて担保となっている不動産を強制的に売却して回収ができるというもの=抵当権設定契約)を結びます。注意しなければならないのは、借主以外の人の不動産が担保になるときは、その不動産の所有者と金銭の貸主が直接の契約をしなければならないということです。

 このような話はよくある話ですから、融資の手続き(担保を取る契約をする準備)を進めるためBさんに会うことにしました。

 AさんとともにBさんに会うと、80歳前後かと思われる老女で不思議なことにAさんとBさんの顔や体つきは似ていませんでした。また、本人を確認するための書類も何もありません。Bさんに契約の話や干支の確認などをすると正確に答えます。そこで、私はAさんとの昔話に話題を変えました。すると、それ以降、BさんもAさんも話をしなくなってしまいました。

 おそらく、Bさんは別人(成り代わり)だったのです。私は、AさんとBさんに昔の写真などでAさんとBさんを確認ができたら融資手続きを進めますと伝えたところ、その後連絡がなくなってしまいました。

 もし、あのまま融資をしてしまったら、、、

 Aさんはお金を手にして、事業を続けることも可能でしょうが、別人をしたてるくらいですから、そのままいなくなる可能性が高いと思います。

 では、Bさんの不動産を強制的に売却できるのか、答えはできません。なぜなら、Bさん本人の契約ではないからです。担保を取るという契約は成立していないのです。

 このように「誰が」という問題は実務上とても重要なポイントになるのです。

 ところで、Aさん、Bさんの行為は犯罪ではないかという方がいらっしゃると思います。

 その通りで詐欺罪(刑法246条)が成立します。

 しかし、逮捕されたり、処罰を受けたりしたところで融資した金銭が戻るわけではありません。また、民法上も、融資した金銭の返還請求、その他損害賠償の請求ができますが、Aさんのような人がそのような支払いの能力があると思いますか。

 事前の調査、これが一番大切です。

 

(2)ホントに買うの?

  これも「誰が」ということに関連する話です。

  私が上司の指示で不動産売買にかかわったとき、ある財団法人が自社所有物件の高値で購入を希望しているので手伝ってくれといわれました。その上司からは、「(買主の素性が)怪しい先だが、高値で購入するという話なので慎重に進めたい」いう話でした。

  その上司が購入希望者のところに交渉に行くと、交渉中にその財団の事務員が「大臣から電話です」などということ(演出?)があったそうです。

  上司と私は、どのように進めていくかについて話し合いました。怪しさはあるものの高値で買い取ってくれるという点が魅力的だったからです。

  その話し合いの結果、「財団法人の実態」と「売買が可能かどうか」を調べて問題が無ければ進めていくということになりました。

  財団法人というのは、お役所の許可を受けて設立する公益の目的の法人です。法人とは、われわれ人間のように権利義務が帰属する能力を法律で認めたものですが、その能力は当該法人が達成しようとする目的の範囲でしか認められません。

  財団法人であれば、「公益」が目的ですから、不動産を売買して利益を上げることなど該当せず、多くの場合は、財団の資産として購入し、活動に利用することくらいしか考えられません。

  ところで、ある財団法人の場合、上司が調べたところ、不動産の購入目的が不明でした。また、財団の役員の数人は別の詐欺事件で逮捕歴のある人物でした。さらに、購入に必要な財団法人内部の手続(議事録など)は、こちらが指摘して提出してきたのですが、これが偽造なのかどうか迷ってしまうようなものでした。

  最後に、購入資金の証明を求めたところ、通帳の写しを提出してきたのですが、これも偽造のような痕跡がありました。

  この話の結論は、購入直前に財団法人の方から断りがあり成約しなかったのですが、私が思うところ、もし、調査もせずに売買を進めていたら、不動産を売却し、その所有権は財団法人に移り、一旦、売却代金は我々の元に入るのでしょうが、後日、財団法人側から売買の不成立ないしは無効を主張されるようなことになったのだと思います。そのときは、すでに不動産は転売され、売買代金は、メンバーが持って逃げればよく、残された関係者が後始末に奔走する日々が続くだけなのです。

  余談ですが、この話、仲介業者が絡んでいました。仲介業者は、サラリーマンの年収の数倍の手数料の入る大きな取引に心躍らせれ、契約も終わっていないのに財団法人のメンバーを接待したり、金銭を貸し付けたりしたそうです。そして、契約が破談になった後に私がこの人に連絡をしたところ九州の山の中で仕事をしていました。

 

(3)マンションやビルにテナントを残したまま売買する

  これは、「どんな内容の権利を」という話です。このでは、「物権」と「債権」についてお話をするためにテナントのいる物件の売買を例にとりあげます。

  新築のマンションや一戸建てを居住目的で販売業者から購入する場合は、販売業者(売主)と購入希望者(買主)との間でその物件についての売買契約を結びます。決済時には、販売業者は物件の引渡し(物件の鍵や説明書、所有権を移転するために必要な書類など)を行い、購入希望者は、売買代金の支払いを行えば売買契約は完了します。

  ところが、居住ではなく、投資(利殖)目的ですでにテナント(借主)が入居するマンションやオフィスビルを1棟丸ごと購入する人もいます。このような物件を収益物件ということもあります。

  収益物件の売買は、その収益物件の所有者と購入希望者とが売買契約をして決済をしてもそれだけでは終わりになりません。所有者とテナントとの間にあった契約関係なども承継しなければならないからです。

  少し別の言い方をすると、物件の売買はその当事者との間で物件の所有権を移転させるにすぎず、所有者とテナントとの間にあった賃貸借契約が当然に承継されるかどうかという問題とは別のものだということです。それゆえ、賃貸借契約の承継の手続が終わってようやく取引が終了したといえるのです。

  テーマである「どんな内容の権利を」という点から説明します。

  購入者に所有権が移転すれば、元の所有者やその所有権を争う必要の無い人に対して、購入者はその権利が自己のものであることを主張できます。このように特定の物について自己がその物を直接的排他的に支配できる権利を「物権」といいます。不動産取引でよくつかわれる「物件」とは意味も違います。

 それに対して、契約のようにある特定の者と別の特定の者とが一定の行為(給付といい、賃貸借であれば、貸主は物件を利用させる行為、借主は利用の対価を支払う行為)をすることを内容とする権利を「債権」といいます。この債権は、ある特定の者と別の特定の者との間でしか効力がありません。

 それゆえ、テナント付物件の売買では、物件の所有権が移転したからといって、当然に契約関係が移転するとはいえないことになります。

 では、賃貸借関係はどうなるのか。

 まず、新たな所有者になった購入者は、従来のテナントに対して賃料の支払いを求めることができるのか、これは、元の所有者が契約当事者であったテナントに通知をするか、テナントが購入者を新たな貸主になったことを承諾する必要があります。

 他方、従来のテナントが新たな貸主から退居を迫られることはあるのかについては、借地借家法などでテナントを保護する規定があるため、その可能性はほとんどないといえます(長期滞納や契約違反があれば別です)。

 また、実際の取引では、賃貸借契約のほかに、電力会社が電気設備などを当該物件に置くための契約、ケーブルテレビやネット回線を引くための契約、警備会社との契約、物件の管理契約、自動販売機の契約、自治会との取決めなどなど付帯する契約の承継にも気をつける必要があります。

 

(4)家賃滞納者との戦い

  今度は、「どんな原因で」、「取得又は喪失、変更したか」にまつわる話をしましょう。

 物件を購入する場合、当該物件の所有者との間で売買契約を結び、当該物件の代金を支払って引渡しを受けることで当該物件の所有権を取得することになります。このとき、「どんな原因で」は、売買契約によって、「取得又は喪失、変更したか」は、所有権を取得したということになります。

  「どんな原因で」を法律要件、「取得又は喪失、変更したか」を法律効果といいます。

  法律要件は、売買契約のように当事者の意思表示を内容とするものもあります。売買契約では、売主は買主に取引対象である「特定の物」を引き渡す義務を負い、買主は売主に代金を支払うという義務を負います。民法に規定があります。

 これに対して、交通事故の被害者が加害者に対して損害賠償請求をするときのように、ある一定の事実の発生が要件になるものもあります。これも、故意又は過失によって他人の権利を侵害した者はその人に対して損害賠償の責任を負うという民法の規定によるものです。

 さて、家賃滞納者の話から離れてしまっていましたが、ここからはその話をします。

 家賃滞納者は、なんらかの理由で貸主に賃料を支払わなくなってしまう人々ですが、いろいろなパターンがあります。

 私が経験したパターンをあげますと、

 ①支払日の資金繰りが急に厳しくなったため、数日の猶予を求めるタイプ

 ②一旦支払いが滞り、その後も支払いのタイミングが遅れるタイプ

 ③一旦支払いが滞り、その後督促をするまで支払いをしないタイプ

 ④一旦支払いが滞り、その後督促をしても支払いをしない又は支払いをできないタイプ

 ⑤貸主側の過失などを訴え、その問題解消まで支払いをしないタイプ

 に分類ができます。

  まず、①の例は、一過性のものなので、すぐに問題はなくなります。②の例は、一旦収支のバランスが崩れた人が陥ります。私の場合、数ヶ月をかけて通常の賃料に上乗せさせる形で解消をさせていました。これができないような人は退居を前提にした話をしなければ、後で大変になってしまいます。

  問題は、③、④、⑤です。はじめに気をつけなければならないことは、督促の時期です。滞納が長期にわたっている場合、家賃の請求権が消滅時効(一定の時間の経過で借主から家賃の請求権が法的に消滅したと主張されること)にかかっていないかという問題です。

  私の場合、まず滞納者に会って話をしたときには、滞納の事実を話し、たとえ千円でもよいので、滞納者から滞納額の一部を回収し、全体の債務を承認させてしまいます(全体額の一部の支払いがあったことを記載した領収書を手交します)。そうすることで、法的には消滅時効が中断します。債務の承認という法律要件を満たすことで、消滅時効の中断という法律効果が発生したのです。私の経験では、4年半の滞納というのが最長記録ですが、貸主にも長らく放置するという問題があったように思います。

  次に、退居を迫るかどうかの判断をします。賃貸借契約は、賃料を支払うことが入居の要件になっている訳ですから、支払いが無ければ退居を迫ることを考えなければいけないのです。これは、契約違反が法律要件となって、契約解除=退去が法律効果となります。

  退居を迫るかどうかの見極めは、今後の継続支払いの可能性と信頼関係の維持ができるかという2点です。保証人などに支払いをさせる場合は、退居を迫る方がよいと思います。

  もっとも、退居を迫ることは容易なことではありません。

  ある老人に退居を迫った例では、次の入居先で苦労して、私も支援しながら半年くらいかかった記憶があります。

  その次は、滞納家賃の返済計画です。③の人の場合、督促されないと駄目な人が多いので、定期的に訪問をすると滞納は解消します。逆に訪問を怠ると他の支払いをしたなどと言われ、再び滞納がはじまります。私は、そういう人のところは頻繁に訪問をするタイプだったので、滞納はなくなりました。

  ④の人は確信犯です。ある滞納者はドアが開けっ放しなっているのにもかかわらず私の呼びかけに答えませんでした。そうだといって勝手に家に入れば、住居侵入罪になってしまうので、一旦事務所に戻りました。契約書を確認したところ、保証人が近所にいて家を所有していることがわかりました。

  私は、その保証人に代わりに家賃を支払うように求め、求めに応じないときは所有している家に強制執行をかける内容の通知をしました。

  数日後、顔にあざ(多分、殴られた痕)ができた滞納者が事務所を訪れ、お詫びを言いにきました。以降、支払いは遅れることなく、滞納額は分割して支払われました。

  ⑤の例は、借主のいいがかりのような場合もありますが、私の経験では、家主がエアコンの交換をすると約束しながら、その約束が守られていないという理由で滞納している例がありました。家主に確認してみるとその通りでしたし、滞納者も支払いができない訳ではなかったので、一部の家賃は免除するなど契約の変更を行って問題の解決を図りました。この契約の変更が法律要件で、家賃の免除などが法律効果です。

 

(5)登記簿は決済当日にも確認

 登記とは、不動産の権利関係(土地や建物の所在、所有者など)や会社をはじめとする法人の実体や権利関係(会社名、住所、設立の目的、代表者、役員)など一定の情報を公に示すためにできた法律上の制度です。不動産の権利関係を公に示すための登記が不動産登記と呼ばれ、会社の実体や権利関係を公に示す登記は商業登記と呼ばれます。これ以外にも登記の制度はあります。

  不動産の売買や不動産を担保にして融資する場合には、登記上に表れた情報を元に権利関係を整理したり、融資の審査を行ったりします。

  通常は、登記を信頼して取引することに問題はないのですが、日本の不動産登記制度では、登記簿(登記されている帳簿)に権利者として登載されている人をもって、法律上の正当な権利を有している者という効力を認めていません。別な言い方をすると、登記簿に権利者として登載されていなくても法律上の正当な権利を有する者が存在する可能性があるということです。

  例えば、Aさん所有の物件をBさんに売却したが、Bさんは登記の名義を変更していない場合や株式会社CがDさんにDさん所有の不動産を担保に差し出す(抵当権を設定する)ことを条件に融資をしたが、抵当権設定の登記はしていない場合などが考えられます。

  ここで気をつけることは、契約があれば所有権が移転したり、抵当権が設定されたことになり、登記をすることが権利関係を変動させる要件にならないということです。

  では、登記は何の意味があるんだということになりますが、それは当事者(先の例では、AさんとBさん、株式会社CとDさん)以外の人に対して権利を主張するために必要なもの(対抗要件といわれます)だと説明されています。AさんとBさんの例で言えば、AさんがBさんのほかにXさんにも同一物件を売却した(いわゆる二重売買)場合、物件は1つしかなく、両者に権利があるという訳にもいきませんから、先に登記した方が権利者になるという仕組みです。売買のタイミングが早い遅いということではないことがポイントです。当然、Aさんには権利が移転できなかった者に対する法律上の責任が発生します。

  少し前置きが長くなりましたが、ノンバンクで融資実行をするときに経験した登記にまつわる話があります。

  会社に対する不動産担保融資の場合、当然審査の段階(融資実行の数週間から数日前)で会社の登記(商業登記)と担保不動産の登記は十分確認をします。しかし、実務上は、当日の融資直前(融資実行が朝一番のときは前日の最終時点)に再度登記の確認をします。司法書士にお願いする場合が実際には多いと思います。

  なぜでしょう。答えは、審査から融資実行の間に、会社の登記であれば、代表者を変更して別人が契約当事者となり、融資の実行を受けた後に契約不存在ないしは無効を主張する例(お金を借りた本人は当然逃亡する)、不動産の登記の場合であれば、すでに第三者に売却して抵当権設定の登記ができないようになっている例が考えられるからです。

  私の経験でも、このような理由で直前に融資を中断したケースが数例あります。

  そのような経験があってからしばらくして、私が夜寝ているときに「実行できない・・・」などと大きな寝言を言ったことがあったようです。忌まわしい記憶です。

 

(6)怪しい登記?

  ノンバンクで不動産担保融資の審査をしていた頃の話です。

  不動産担保融資の審査事項はいくつもあるのですが、私の所属部署では、対象となる不動産の調査と価格の査定を行いました。

  毎日多くの不動産の調査と価格の査定依頼が来るのですが、多くの案件は、査定金額を上回る資金需要があるか、調査の結果、担保としての価値がない物件(万一、返済ができない場合に不動産を売却しようとしても、簡単に売れない)という理由でお断りをします。

  詳細な理由を答えるとトラブルになるので、単に審査上の理由でという断り方です。

  ただ、これ以外にも「怪しい」という理由で断る案件があります。

  ここでは、不動産の登記が「怪しい」というものをご紹介しましょう。

  Aさん所有の特定の不動産をBさんに売却する場合、登記簿の所有権に関する事項を記載する箇所(甲区と呼ばれます)には、【登記の目的】欄には「所有権移転」という記載がなされ、登記の【原因】欄には「平成○年○月○日 売買」という記載がなされます。ところが、この【原因】に「錯誤」、「真正な登記名義の回復」という文言を見かけたときは「怪しい」との疑いを持ちます。この登記がされている場合、前所有者や前名義人との間に何らかのトラブルがあったものと考えられるからです。一切融資を否定するものではありませんが、少なくとも納得のいく説明を求めなければ、トラブルに巻き込まれる可能性が高いと思います。

  また、融資の審査段階で担保不動産の登記事項証明書(登記簿謄本)を提出してもらうのですが、多くの場合は、権利関係の履歴の全部がわかる「全部事項証明書」というものを提出してきます。ところが、なかには「現在事項証明書」、「要約書」、「全部事項証明書」の一部だけという過去の権利関係が記載されていないものを提出してくる人がいます。なかには、わざとコピーやファックスを用いて不都合な箇所を加工する者もいます。

 当然こちらは不思議に思う訳で、全部事項証明書をこちらで取得して確認すると「錯誤」や「真正な登記名義の回復」という部分を見せたくない場合、過去に税金などの滞納が原因で「差押」を受けていたなどという不都合な(融資審査で不利になる)事実を隠している場合がほとんどです。

  このような場合は、現地調査や価格査定をする以前にお断りをしなければなりません。時間も無駄になりますからね。

 

(7)公図、地積測量図、建物図面で気をつけること

  登記簿は、法務局に備え付けられているものですが、登記簿以外にも法務局には不動産登記法17条に規定する地図又はこれに準ずる図面(公図)(一般的には「公図」とまとめて呼ぶことが多いように思います)、地積測量図、建物図面が備え付けられています。

  法務局に備え付けられている地図は、一般的な地図とは異なり、各地方自治体が定める住居表示(例えば、○○町1丁目1番1号)とは別に登記所が定めた地番という番号がつけられており、この地番の位置や形状などを示すものになっています。

  地積測量図は、各地番の面積や境界などが示されています。

  建物図面は、登記所が各建物について番号をつけ、所在、方位、配置、各階の平面、縮尺などが示されています。

  いずれも手数料はかかりますが、誰でも法務局、インターネットで取得することができます。

  最近は、プライバシー権、個人情報の保護などという権利が主張されることもありますが、不動産の所有という権利をどのように示すかという制度の問題ですから、今のところはどうしようもありません。

  この公図、地積測量図、建物図面ですが、不動産取引や不動産担保融資の調査ではどこに注意するとよいのかを説明します。

  まず、公図ですが、必ず法務局で直接写したもので確認をするべきです。私が実際に経験した例ですが、不動産担保融資の依頼を受けて各資料の提出をお願いしたところ、資料がすべてコピーでした。コピーが駄目ではないのですが、なんとなく不安に感じたので法務局で確認をしたところ、実際のものに手を加えたもの(変造)でした。変造は、対象物件と道路の間に他人の所有部分があったのですが、その部分を消すという手口でした。その理由は、担保にしようとした物件は法律で定める道路に接していないため、再建築ができないし、道路に出るまでに他人の敷地をまたぐことになり、トラブルになることが容易に想像できるため担保にならないからです。

  コピーやFAXの場合には注意したいものです。

  次に、地積測量図ですが、境界などを現地で確認しておくことが大切です。

  これは、不動産取引での話ですが、隣地の所有者が境界のピンを抜いて捨ててしまったり、移動させてしまったりすることがあるのです。そのような人は、しばらく経過してからその部分について、買取や解決金の支払いを要求してきます。対処が遅れると取得時効を主張される場合もあります。

  最後に、建物図面のお話をします。

  建物の現物を見て満足するのは危険です。建物図面に載っていない物件がある場合、反対に対象物件がない場合もあります。形状が異なることもあります。

  図面に載っていない物件は、違法に建てられている場合があります。また、その物件の所有者が異なることもあり、後にトラブルに巻き込まれる可能性があります。

  図面にある物件がないという場合は、「滅失」の登記をすませていない場合です。再建築などの障害になることがあるので、確認が必要です。

  形状がことなるというのは、違法な増築などが考えられます。

  いずれにせよ、権利関係が不明確なままで取引をすると後で取り返しのつかないことにもなりかねません。十分に注意をしたいものです。

 

(8)担保提供者の納税状況に気をつけろ

  不動産というのは、土地であれ、建物であれ、所有者が直接利用したり、誰かに賃貸したりという経済的な活動を何もせずに放置しておくとマイナスになることがあります。所有者には毎年不動産にかかる固定資産税を納めなければならないからです。土地であれば、土地の価格が上がることもあるでしょうか、建物は減価するのが一般的です。

 ここでは、不動産を担保にとる場合の不動産所有者の納税の確認をしなければならないという話をします。

 納税は国民の義務ですから、当然支払わなければならないのですが、これを法律が要求する時期(法定納期限といいます)までに支払わない(支払えない)人がいます。このような人でも税務署などに相談に行けば、ある程度は支払いの方法や時期について配慮をしてもらえますが、そのまま無視しつづけるなど悪質な場合は、その人の財産を差押、その後強制的に売却してその支払いを強制します。当然不動産もその対象となる財産です。

 ところで、不動産担保融資の担保不動産に差押の登記があれば、そもそも担保にとることはないでしょう。

 では、担保に取った後(抵当権や質権の設定後)に差し押さえられる可能性はないのでしょうか。

  答えは、ありえます。また法定納期限を過ぎて抵当権などの登記した場合は、租税債権が優先してしまいます。このような悲劇をうまないためには、担保不動産の調査とともに所有者の納税状況(できれば、過去5年分)は確認しておく必要があります。

 

(9)役所などの調査も重要

  不動産を自己のために購入する場合は、現地は当然見るでしょうし、価格の妥当性やその土地が法律上どんな制限を受けているのかを自分で直接あるいは業者を通じて確認することが通常だと思います。

  不動産を転売して稼ぐ業者や不動産担保融資をする者であれば、調査しないことが命取りになることもあります。

  実際に経験した例ですと、市街化調整区域といって住宅などの建物の建築などが制限される地域があります。市役所などにある地図で確認すると簡単にわかるのですが、これをしない人がいました。後に、案件を再調査したところ、あっさりこの事実が判明し、担保になっている不動産は事実上売却できないものだとわかりました。

  また、別な例では、住宅の開発用地だということでライフラインを調べたところ、上下水道が通っていないことがわかったこともあります。

  通常の生活をしている上では、わからない場合もありますから、基本をおろそかにせず、きちんと調査をすべきだと思います。

 

(10)現地確認をしないと

  不動産を直接自己のものにしようとする目的ではない不動産担保融資の場合、融資前、融資中の現地確認の必要はあるのでしょうか。

  銀行の場合はわかりませんが、ノンバンクの場合、面倒でも行った方がよいと思います。

  私が実際に経験したことですが、ある不動産開発業者が一戸建て数件分の分譲用地を購入する資金を融資した案件の途中経過を確認しに現地調査に行ったときのことです。

  地図を頼りにその場所に向かいました。もともとは農業が中心の街だったのですが、少しずつ都市化しているようにも見えました。現地に近づいたのですが、対象地が見当たりません。車からの見た目では、地図の道路が途中で切れているように見えるのです。しかし、そうはいっても既に担保物件になっている以上、対象物件を探さないといけないということでその切れているあたりに近づきました。すると切れていたかに見えた道は急な下り坂になっていて4、5メートルの崖の下に分譲地が見えてきたのです。

  地図ではわからなかったことです。そんな土地でも購入者がいたようで、私は売れ残りの1区画30坪くらいの土地を見て帰ることにしました。ところが、分譲地を1回りしても30坪くらいの更地は見当たりません。地図と最新の公図をもとに場所の特定をしたところ、隣の庭ではないかという程度の広さ、おそらく10坪弱の空き地がありました。しかも崖の部分です。その後、この案件の処理が大変だったことは言うまでもありません。

 

(11)不動産取引には物語がある

  不動産担保融資をノンバンクから受けようとする人の多くは、銀行からの借入ができない人だと思わなければなりません。一般に、ノンバンクの金利は銀行に比べて高いものになっているのがその理由です。もっとも、銀行からの借入ができない理由は様々で、不動産業者がある物件を急ぎで購入したいのに銀行の審査が間に合わないだとか、競売物件を取得したいが銀行の融資基準からははずれてしまうなどという顧客の属性の善し悪しに関係しない場合も多く存在します。

  しかしながら、なかには顧客の属性が理由で銀行取引ができない何らかの事情がある人やはじめからノンバンクを欺き金銭を受け取って逃げることを考えている人もいます。このような人にはどのように対処すればよいのでしょう。

  かつて、私がノンバンクの営業をしていた頃、融資を受けたいという人のなかには、「銀行でなく、御社で借りてみたかった」と調子のよいことをいう人がいましたが、その理由が答えられない人は、その時点でお断りをしていました。銀行では審査が通らない人か騙しに来ている人だと思われるからです。そのような人には融資を受けた場合の返済までのストーリーを聞けば意図がよくわかります。「融資を受けたいという人にとって利益となるか」、「返済の元になる資金を容易につくることができるか」のどちらかのつじつまが合わなくなっているものです。とくに「貴社(ノンバンク)にとって利益になる」という話は、およそ世の中の経済活動ではありえない話ですから、審査担当者であれば「どうやって騙すのだろう」というような心構えが必要です。

  落ち着いて考えれば、架空の投資話を素人にする詐欺師と同じ構造ですよね。

 

(12)地元の人や地元業者へのヒアリングでわかること

  私がノンバンクで新規案件の審査をしているときに、実際にあったことです。

  ある不動産業者が一戸建てを格安で仕入れて転売するので、購入資金を借りたいというのです。簡単な例で説明すると2,000万円で中古の一戸建て(空き家)を取得し、3,000万円で売却するというお話です。不動産取引にかかる税金や専門家の費用、修繕の費用、金利の負担などを考えても3ヶ月から半年で売却できれば、数百万円の利益が出ます。また、売却予定金額の3,000万円も相場から見ておかしくない価格でした。

  私は、ビジネス・ストーリーもしっかりしているので早速現地調査をして融資審査を進めよう、、、などと考えたのですが、少し違和感がありました。それは、なぜノンバンクにいきなり相談したんだろうというという点でした。そして、その問題は地元の不動産屋に電話で相場のヒアリングをしたときに簡単にわかることになりました。

  なんとその物件は、未解決の強盗殺人のあった家そのものだったのです。そんな家は相場の価格では売れませんよね。私は、融資を受けたいという不動産業者に審査上の理由ということで融資のお断りをしました。ヒアリングで聞いたことをそのまま伝えると大事なビジネスの情報を喋ったのかなどと因縁をつける人も多いからです。

  また、似たような例になりますが、東北地方のあるところで、不動産業者が物件の転売で利益をあげるというビジネス・ストーリーで購入物件を担保に融資をした案件がありました。ところが、半年、一年を過ぎても売却できません。不動産業者も経営状況がどんどん悪くなっていました。

  私は、弁済期限を延長する審査をしていたのですが、理由がわからなかったので地元の別の不動産業者に電話で話を聞いてみました。わかったことは、購入物件は自殺者がいて地元ではニュースになった有名な物件だったということです。購入した不動産業者も当初の融資担当者、審査者もなぜ調べなかったのか不思議でなりません。

  いずれにせよ旨い話はなかなか見つからないようです。

 

コラム1おわり